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東京地方裁判所 平成10年(ワ)30129号 判決

原告 内田米子

原告 内田知代子

右両名訴訟代理人弁護士 岩崎修

被告 安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 有吉孝一

右訴訟代理人弁護士 南出行生

同 北澤龍也

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金五〇〇万円及びこれに対する平成一一年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、原告らが、被告に対し、原告らの父である内田勇(以下「勇」という。)の国内旅行傷害保険契約に基づく死亡保険金としてそれぞれ五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一一年一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告らは、勇(大正三年七月二九日生)の子であり、勇の法定相続人は、原告ら二名である。(甲第四号証の一ないし五)

2  勇は、東武観光株式会社主催の「宮城作並の湯」の国内旅行に参加し、平成一〇年八月二八日、仙台市青葉区作並の作並温泉に所在するホテルグリーン・グリーン(以下「本件ホテル」という。)に宿泊した。(争いがない。)

3  右旅行につき、東武観光株式会社は、被告との間で、被保険者を勇として保険種類を「主催旅行・国内」とする傷害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。(甲第二号証)

本件保険契約は、東武観光株式会社の主催する旅行中に、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故により死亡した場合には、その法定相続人に対し、死亡保険金として一〇〇〇万円を支払う内容となっている。(乙第一号証、弁論の全趣旨)

4  勇は、平成一〇年八月二八日、本件ホテルの浴場において溺水し、同日午後六時三分、仙台市立病院において死亡した。(争いがない。)

二  争点

本件の争点は、勇の死亡が、本件保険契約における「急激かつ偶然な外来の事故」(以下、右要件を「外来性」ともいう。)による死亡に該当するかどうかである。

1  原告らの主張

(一) 外来性の立証責任の内容等

外来性の立証責任については、保険約款において保険会社の免責事項が特定されていることを考慮すると、原告らに立証責任を肯定するとしても、外来性であることの一応の立証をなせば足り、当該事故が免責事項に該当することの立証責任は被告にあると解するべきである。本件では、原告らが勇の死亡が溺水によるとの立証をしている以上、外来性についての一応の立証責任は尽くされており、これを否定するためには、勇の死亡が内因性疾患によるものであることの高度の蓋然性の立証を被告がなすべきである。

(二) 勇の死亡原因

勇の死因は溺水であり、外来性の事故により死亡したものである。病院に搬送された際、勇の気道等には相当量の水が存在していたが、急激な心臓停止等においては、水の吸引は必ずしも多くないことから、急激な心疾患に基づく内的要素は否定され、勇の直接の死因である溺水に心疾患が作用したと認めるに足りる証拠は存在しない。また、勇が脳疾患により意識を消失したものでないことは、仙台市立病院作成のカルテ、CT検査報告書より高度の蓋然性をもって認められるところである。脳溢血等の内因死は、統計上、一二月や一月の厳冬期に多いことが明らかになっているが、勇が死亡したのは真夏の八月二八日であって、内因死の確率は低い。

2  被告の主張

(一) 外来性の立証責任の内容等

本件保険契約に適用される傷害保険普通保険約款第一条は、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して、約款に従った保険金を支払う旨規定しており、外来性の要件は、保険事故に該当することの要件であるから、保険金請求権者が立証責任を負う。したがって、被保険者の死亡等の結果が、疾病等の内的原因により生じたものか、事故という外的原因により生じたものかについて判断ができないとき、すなわち急激な外的原因により生じたことの高度の蓋然性の証明がないときは、保険金請求は否定される。なお、原告らは、勇が浴槽内で溺死したという事実のみで外来性の一応の証明があると主張するが、意識が正常であった成人がホテルの浴場で溺死するには、何らかの原因で意識を失い、その結果溺水したためと考えられるところ、本件において、勇が浴場内で転倒して打撲したり、滑って溺れてもがいているのを目撃した者はいないのであるから、勇が事故によって溺水したとは認められず、外来性の一応の証明もなされていないというべきである。

(二) 勇の死亡原因

勇は、当時八四歳の高齢であり、長期にわたる高血圧症で心臓に負担が生じ、弁閉鎖不全や心筋の虚血性変化などが生じていた。心筋の虚血は、通常より高い血管抵抗に逆らって血液の駆出を行った結果、心筋が肥大し、更にその肥大した心筋に見合うだけの血液が冠状動脈から得られなくなる結果生じる。このような場合は、虚血性心疾患、特に心筋梗塞及び心筋梗塞発症早期に生じやすい重症不整脈が原因で意識障害を生じることがあり、勇は入浴中に右意識障害を起こして溺水に至った可能性が高い。また、心筋梗塞を発症した場合ではないとしても、勇が高齢者で体温の調節機能が衰えているため、入浴により血圧の低下と相まって意識障害を起こした可能性も否定できない。いずれにしても、勇の死因は内因性のものと推測され、外来性の事故によるものと認めることはできない。

第三争点に対する判断

一  外来性の立証責任の内容等について

乙第一号証によれば、本件保険契約に適用される傷害保険普通保険約款には、第一条<1>において、被保険者が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った傷害に対して、約款に従った保険金を支払う旨の約定があることが認められ、本件保険契約は、急激かつ偶然な外来の事故を保険事故であると定めているから、右保険事故の存在については、保険金の支払を請求する要件として保険金請求者が立証責任を負うというべきである。したがって、本件においては、勇の死亡が同人の内因的な原因に基づくものではなく、外来性の事故によることの立証責任が保険金請求者である原告らにあり、その立証の程度については、事故態様により外来性の事故であることが事実上推定されることはあるにせよ、外来性の事故であることを原告らが証明しなければならないと解するのが相当である。

二  勇の死亡原因について

1  甲第一号証、第三号証、乙第二号証、第三号証、第一三号証、第一四号証、第一五号証、第一六号証及び調査嘱託の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 勇は、大正三年七月二九日生で、平成一〇年八月二八日当時八四歳であった。

(二) 勇は、平成一〇年八月二八日から同月三一日までの日程で、東武観光株式会社が主催する「宮城作並の湯」の団体旅行に参加し、平成一〇年八月二八日午後二時三〇分ころ、本件ホテルに到着した。勇は、本件ホテルに到着するまでの間に、バスの中で日本酒を合計三合から四合ほど飲んでいた。

(三) 勇は、本件ホテルに到着した後、日本酒をコップ一杯ほど飲み、同室者と共に浴場へ向かった。

(四) 勇の同室者は、勇が、浴場内で元気にお湯の中で泳ぐ仕草をしたり、お湯をパシャパシャさせて楽しんでいたのを見ていた。本件ホテルの浴槽は深さが約五〇センチメートル程度であり、湯温は四〇度を保つように設定されていた。

(五) 勇の同室者が勇より先に浴場を出てから一〇分位後である同日午後三時ころ、勇は、本件ホテルの浴場で入浴中に急に意識を喪失し、浴槽の中に沈んだ。当時、浴場内には二〇名くらいの入浴者がいた。

(六) 浴場内での叫び声を聞いて駆け付けた勇の同室者や、他の入浴中の人が勇をすぐに浴槽から引き上げ、洗い場に横たえた。

(七) 本件ホテルのフロント課長である藤原吉衛は、救命訓練を受けた経験があったため、洗い場に横たえられていた勇に対し、救急隊が到着するまで心肺蘇生術を施した。

(八) 同日午後三時五九分ころ、本件ホテルに救急隊が到着した。救急隊が到着したときには、勇は、心電図上に反応がなく、自発呼吸もなく、対光反射もなく、心肺停止状態であった。そこで救急隊は心肺蘇生術を施しながら、勇を仙台市立病院に搬送した。

(九) 勇は、同日午後六時三分、仙台市立病院において死亡した。死体解剖は行われなかった。

(一〇) 仙台市立病院の中村浩章医師が作成した勇の死体検案書(甲第一号証)には、直接死因欄に「溺水」との記載がある。

(一一) 仙台市立病院作成の勇の診療録(乙第二号証)には、挿管時に口腔内に液体が多量に貯留していた旨、アルコールのためか、心臓発作でもあったのか、いずれにせよ直接の死因は溺水であるとの旨の記載がある。

(一二) 仙台市立病院で撮影された胸部レントゲン写真(乙第三号証)は、誤飲を推定させる肺水腫様陰影であった。

(一三) 勇の死因に心疾患が関与した可能性について、仙台市立病院に対する調査嘱託に対し、同病院の大平誠医師は、救急隊到着時から心停止状態にあり、心電図データがなく結論を下せないが、湯水を誤飲するきっかけとなる疾患が引き金となった可能性も否定はできない旨、CK(二五四)、GOT(六六)が上昇しているが、心筋梗塞でも心臓マッサージでも上昇する可能性があるため、心疾患が関与していると断言することもできない旨を回答している。

(一四) 勇は、平成九年四月九日から平成一〇年八月二四日まで足利市内の「ときたクリニック」に通院しており、同クリニックの診療録(乙第一五号証)には、傷病名として、高血圧、僧房弁閉鎖不全症、完全右脚ブロック、上室性期外収縮等の記載があり、さらに心臓超音波検査の結果として、大動脈弁閉鎖不全症が認められる旨の記載もある。

(一五) 医学博士である長谷川友紀作成の意見書(乙第一六号証)には、平成九年六月三日に実施された心電図検査(乙第一三号証)では、心筋の虚血性変化が認められ、冠状動脈の硬化、虚血性心疾患の存在が疑われる旨の記載がある。

2  既に述べたとおり、本件保険契約においては、被保険者である勇が急激かつ偶然な外来の事故によってその身体に被った損害に対して保険金を支払う旨定められているところ、外来性の事故とは、事故の原因が専ら被保険者の身体の外部にあることを意味すると解され、直接の死因が溺水であっても、その原因が内因性の疾患に起因する場合はこれに当たらないというべきである。

これを勇の死因についてみると、本件においては、勇が、浴場において誤って転倒するなどの何らかの外的な要因により意識喪失状態に陥ったことを推認させる具体的な証拠は全くなく、むしろ既に認定したところによれば、勇には、高血圧症のほかに、僧房弁閉鎖不全症、完全右脚ブロック、上室性期外収縮、大動脈弁閉鎖不全症といった意識消失発作を生じさせる可能性のある心臓の疾病があり、冠状動脈の硬化や虚血性心疾患の存在も疑われるのであって、これに、勇が当時八四歳の高齢であり、入浴前に相当量の飲酒をしていたことも考慮すると、勇は、本件ホテルの浴場で入浴中に、心筋梗塞等の心疾患を起こして意識喪失状態に陥ったために溺水し、死亡した可能性も十分考えられるというべきである。

そうすると、勇が入浴中に溺水によって死亡したことについては、それが外来性の事故により生じたことの証明が不十分であるから、本訴請求は理由がないというべきである。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六五条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 寺尾洋 裁判官 野口忠彦 裁判官 山下博司)

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